カレーが好きだから知っておきたい Rash Behari Bose

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妻に「何が食べたい?」と尋ねられたら、条件反射で毎回『カレー』と答えて
怒られついでに、つまらない男といわれてしまうJOLです、みなさんこんにちは。

でも、カレーライスは日本の国民食みたいなもので、老若男女を問わず絶大な人気を誇っていると思います。私たちが食べている日本のカレーにも所縁が深い方がいます。

その方の名前は、『ラス・ビハリ・ボー』さん。日本政府からは勲二等旭日重光章も授与されている方です。

ラス・ビハリ・ボース(Rash Behari Bose, 1886年3月15日-1945年1月21日、現地インドでの発音はラース・ビハーリー・ボースに近い)はインドの独立運動家。日本を愛し、日本人と結婚、日本で客死した。同じインドの独立運動家のスバス・チャンドラ・ボースと区別する意味から「中村屋のボース」と呼ばれることもある。
via wikipedia

日本で、カレーが普及し始めたのは明治時代らしく、当時の日本の“カレーライス”は海軍などの兵員食として作られた影響から、除隊後の兵士などを通じて、世間一般のカレーと認知されたらしいですね。確かに“海軍カレー”とか、いまでもニュースでもみますよね。

ただ、日本でカレーと呼ばれていたカレーのひどさを憂慮したボースさんは、新宿の菓子店、中村屋の創業者で孫文らとも交流があった実業家、相馬愛蔵さんが1927年に中村屋の喫茶部を設立した際に、本場インドカレーのレシピを中村屋に提供しました。

そのうえで、原材料の調達と選別も自らの手で行ったといわれていますから、おそらくはインドの解放運動のための資金集めや武器集めに日本で奔走した際に、一緒にカレーの材料等も調達したのでしょうから、そう考えると、ボースさんが日本に伝え遺したインド式カレーのレシピが、戦後日本のカレー食品に与えた影響は小さくはないでしょうね。

日本人なら誰もが愛するカレー、こう考えるとインドと日本の縁は決して浅くはありませんね。

インド独立の志士であり、日本のインド式カレーの普及の立役者の人生に思いを馳せつつ、美味しいカレーライスを食べてみませんか。

あと、世界広しといえど、カレーという題材だけでマンガを描いて、そのマンガが売れる国は日本だけじゃなかろうか?

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