こんにちは。
「経験を積めば、正しい判断ができるようになる」
多くの人が、そう信じています。
しかし、この前提そのものが怪しい。
なぜなら、専門家ですら、繰り返し同じ誤りを犯すことが、すでに数多くの研究で確認されているからです。
その事実を、最も分かりやすく描いた作品のひとつが
映画『マネーボール』です。
これは野球の映画ではありません。
人間の判断が、いかに簡単に歪むかを描いた物語です。
1|専門家は、なぜ間違えるのか
――『マネーボール』が突きつけた現実
映画『マネーボール』は、資金力のない弱小球団オークランド・アスレチックスを舞台に、
GMビリー・ビーンが「常識」を壊していく話です。
彼が否定したのは、能力そのものではありません。
否定したのは、専門家たちが無意識に信じていた評価の仕方でした。
作中に登場するスカウトたちは、
- 長年の経験
- 自分の目
- 勘と直感
を頼りに選手を評価します。
しかし彼らの判断は、結果としてチームを弱くしていました。
重要なのは、彼らが怠けていたわけでも、無能だったわけでもないという点です。
彼らは真剣で、誠実で、経験豊富でした。
それでも、間違え続けた。
2|それは能力の問題ではない
――原因は「認知バイアス」にある
『マネーボール』の原作者マイケル・ルイスは、
ある読者の指摘に強い関心を持ったと語っています。
スカウトが誤るのは、能力不足ではない
それは認知バイアスのせいだ
この指摘は正しかった。
ダニエル・カーネマンやエイモス・トヴェルスキーが明らかにした通り、
人間の脳は合理的に判断するようにはできていない。
むしろ、
- 早く結論に飛びつき
- 物語に引っ張られ
- 見た目や第一印象を過大評価する
そう設計されている。
つまり、専門家ほど
自分は正しく判断できているという錯覚に陥りやすい。
3|バイアスは「例外」ではなく「仕様」である
認知バイアスの厄介な点は、次の事実にあります。
- 知っていても防げない
- 注意しても回避できない
- 条件が揃えば、誰でも同じように誤る
これは性格の問題でも、意志の弱さでもありません。
だまし絵と同じです。
仕組みを理解していても、見え方は変わらない。
つまり、
「気をつけよう」という態度では不十分なのです。
4|マネーボールの本質は「バイアス除去」ではない
ここで重要な誤解を一つ整理しておきます。
マネーボールは、
「人間の判断を捨てて、データに任せた話」ではありません。
本質はそこではない。
彼らがやったのは、
評価基準を明確に定義し直したことです。
- 何が目的なのか
- その目的に最も強く結びつく指標は何か
- 逆に、関係ない情報は何か
この問いを徹底的に突き詰めただけ。
結果として、
- 見た目
- 印象
- もっともらしい物語
といった、判断を歪める要素を排除せざるを得なくなったが故に
バイアスを減らしたアクションが取れるようになっただけ。。
5|専門家ほど、情報を集めすぎる
映画の中で描かれるスカウトたちは、
大量の情報を持っています。
ところが、行動経済学の研究では逆の結果が示されています。
- 情報が増えるほど
- 判断の精度は上がらない
- むしろノイズが増える
これを情報バイアスと呼びます。
専門家は、情報が多いほど、正しく取捨選択できると信じがちです。
しかし実際には、
集めた情報の量が、そのままバイアスの強化につながることも多い。
6|では、どうすればよいのか
認知バイアスから完全に逃れる方法はありません。
だから必要なのは、
- 正しく判断しようとすること
ではなく - 誤る前提で、判断の仕組みを設計すること
マネーボールが示したのは、この姿勢です。
- 判断基準を言語化する
- 目的と指標を明確に分離する
- 直感が入り込む余地を減らす
これは野球に限りません。
7|最後に:あなたの「マネーボール」は何か
この話は、スポーツの話ではありません。
そして、データ分析の話でもありません。
判断の話です。
あなたの仕事や組織では、
- 何となく正しいと信じている基準
- 経験がある人ほど疑わない前提
- 成果と直結していない評価軸
が残っていないでしょうか。
マネーボールが教えてくれるのは、
「賢くなる方法」ではありません。
間違える構造を、先に壊すこと。
そこからしか、逆転は始まらない。



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