「考えるため」でなく「考えすぎないため」にアートを置いてみる  30〜50代の生活設計としてのアート

この記事は約4分で読めます。
記事内に広告が含まれています。

こんにちは!ジャイアン(@GIANSTEP1)です。

前回は、VRソフトのVermillion(バーミリオン)やGesture VR(デッサン)ををきっかけに、
「私みたいな人が、なぜ絵を描くのか」について整理しました。

今回はその続きとして、
「なぜアートを“家に置く”のか」という話をします。

描く行為と、飾る行為。
一見別の話に見えますが、私の中ではかなり近い位置にあります。


1 | アートを家に置くのは、センスの話ではない

まず最初に、はっきりさせておきたいことがあります。

私にとって、
アートを家に置くことは
センスの表明でも、趣味の誇示でもありません。

「おしゃれだから」
「詳しいと思われたいから」
そういう理由ではない。

むしろ逆で、
何も考えずに見られるものを、生活の中に残したい
という動機に近いです。


2 | 30〜50代の生活は、情報と判断で埋まっていく

この年代になると、
家は「休む場所」であると同時に、
もう一つの仕事場になります。

メール。
通知。
ニュース。
ToDo。
家計。
将来設計。

気づけば、
家にいても脳はずっと外向きです。

そんな空間に、
さらに情報性の高いものを置くと、
無意識に判断が増える。

だから私は、
判断を要求しない視覚情報を置きたいと思っています。


3 | なぜ派手なアートではなく、静かな作品が残るのか

結果として、
家に残っているのは、
強いメッセージ性のある作品ではありません。

色数が少ない。
構図が静か。
意味が一義的でない。

いわゆる「分かりやすいアート」は、
最初は刺激的ですが、
毎日見るには情報量が多すぎる。

静かな作品は、
見ようとしなければ、ただの背景になります。
でも、ふと目に入ったときに、
思考を止める方向に働く

これが重要です。


4 | アートは「考えさせるもの」ではなくていい

アートというと、
「何を表現しているのか」
「どう解釈するか」
を考えがちです。

でも、生活空間におけるアートは、
必ずしも思考を刺激する必要はありません。

むしろ、

  • 判断しなくていい
  • 理解しなくていい
  • 意味づけしなくていい

この条件を満たす方が、
家との相性はいい。

私は、
アートを“見る対象”ではなく、“在るもの”として置いています。


5 | 描く行為と、置く行為は同じ方向を向いている

Vermillionで絵を描くとき、
私は「うまく描こう」と思っていません。

同じように、
家に置くアートも、
「評価しよう」とは思っていない。

共通しているのは、

  • 成果を求めない
  • 正解を探さない
  • 説明責任を負わない

という点です。

描くことも、
置くことも、
判断の外側にある行為

だから、この二つは自然につながります。


6 | メンターがオフィスや自宅にアートを置いていた理由

昔、私のメンター(他の記事:)は、
オフィスや自宅に必ずアートを置いていました。

当時は、
「趣味なのかな」
「余裕の表れかな」
くらいにしか思っていませんでした。

今なら分かります。

あれは、
思考を加速させるためではなく、減速させるためだった。

特に彼専用のオフィスには、
いわゆるデッサンがサイドに置いてあったのですが
訪れるたびに、一旦そこで視線が止まると
思考のスイッチが、強制的に切り替えさせられる感覚がありました。

判断を続ける立場にいる人ほど、
意識的にブレーキを設計しないといけない。
アートは、そのための装置だった。


7 | 家にアートを置くことの実務的なメリット

かなり現実的な話をすると、
家にアートがあることで、

  • スマホを見る頻度が下がる
  • 何もしない時間を肯定しやすくなる
  • 思考が散らかりにくくなる

こういう効果があります。

派手な変化ではありません。
でも、積み重なると効いてくる

30〜50代にとって、
この「微差」はかなり大きい。


8 | 高価である必要はない

ここも重要です。

アートは、
高価である必要はありません。

・版画
・ドローイング
・プリント
・自分で描いたもの

どれでもいい。

重要なのは、
そこに意味を背負わせすぎないこと

「価値があるから置く」ではなく、
「生活に負荷をかけないから置く」。

この逆転が起きると、
アートとの距離が一気に縮まります。


9 | 結論:アートは、生活のノイズを減らすために置く

私がアートを家に置いている理由は、
感性を磨くためでも、
教養を示すためでもありません。

判断し続ける生活から、一瞬だけ降りるためです。

Vermillionで描くこと。
家にアートを置くこと。
どちらも、「削れないための設計」。

30〜50代になると、意識しない限り、
生活から制作も余白も消えていきます。

だから私は、
描き、
置き、
その状態を保とうとしています。

どんなの置いているの?

いくつかある中でも、彫刻家・基俊太郎「黒のエチュード」を好きですね。できたら、いつか「脱ぐ女」「裸の女たち」「絵馬」なども揃えたいと思っています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました